会社概要
設⽴ | 1961年5⽉ | |
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代表者 | 代表取締役社⻑ 前⽥篤俊 | |
資本⾦ | 30,000,000円 | |
所在地 | 《本社⼯場》 〒245-0053 神奈川県横浜市⼾塚区上⽮部町2039-3 横浜第⼆⼯業団地内 TEL . 045-812-1151(代) FAX . 045-812-1158 | |
《東京営業所》 〒101-0025 東京都千代⽥区神⽥佐久間町4-6 東邦センタービル504 TEL . 03-5822-6363(代) FAX . 03-3866-1777 | ||
事業内容 | グラビア印刷⽤シリンダーの製版 エンボスロールの製造 | |
取引銀⾏ | 三菱UFJ銀行(戸塚支店) 日本政策金融公庫(横浜支店) 商工中金(横浜支店) 横浜銀行(戸塚支店) | |
主要取引先 | 共同印刷株式会社、ダイナパック株式会社、東洋アルミニウム株式会社、凸版印刷株式会社、中本パックス株式会社、UACJ製箔株式会社、レンゴー株式会社(50⾳順、敬称略) | |
主要仕⼊先 | サカタインクス株式会社、株式会社シンク・ラボラトリー、ヘリオグラフ・ジャパン株式会社、三⾕産業株式会社、ヤナモト産業株式会社、株式会社ヤマトヤ商会、領家⼯業株式会社(50⾳順、敬称略) |
代表インタビュー
我々の技術をもって
お客様のモノづくりへのチャレンジを
お手伝いしていきたいと思っています。
まずは会社の創業から教えてください。
日本におけるグラビア印刷の創成期を築いたと聞いています。
初代社長の石田留吉は、印刷機の研究および製作の経験をもって1918年に独立しました。その頃に海外視察から戻られた印刷業界の先駆者である三間先生が、グラビア印刷を日本でもやれないものかと留吉に印刷機の製作を依頼し、無事に機械が完成したのは1920年のことでした。
1930年には会社として石田グラビヤ工芸社を創業。そして、留吉のもとで働き経験を積んだ私の父と共に1955年に立ち上げた会社が石田グラビヤ製版社です。1961年に石田特殊グラビヤ興業株式会社に、2012年には株式会社イシトクへと改称いたしました。
原点である製版業で、
我々が培ってきた技術力で勝負していきたい
製版屋でありながら、印刷を事業としていた時期もあったそうですね。
はい。それは自社の製版で印刷するのではなく、他社が製版したもので印刷のみを請け負っていました。特に1960〜80年代までの20年間は建材印刷の分野で印刷業にも力を入れ、その時期に培った印刷技術と経験は今も弊社の強みとして生きています。
特殊印刷の技術を得て再び製版に戻ったわけですが、2008年からは印刷業を一切やめて製版業に専念することを決断しました。リーマンショックで海外へ輸出していた印刷物が激減したこと、さらには建材印刷で利益を上げていくのは難しいと判断したからです。今思うと、これがターニングポイントだったかもしれません。原点である製版業で、我々が培ってきた技術力で勝負していきたいと考えました。
最新設備にグラビア印刷で培った技術を融合させた、
イシトクにしかできないモノづくり
そうした決断が、セラクシーの日本初導入につながったのでしょうか。
初代社長の石田留吉から脈々と続くDNA(イシトクイズム)には、職人としての意地と誇りがあります。技術的な付加価値が高いものを作っていきたいという想いから、製版のその先を見越してダイレクトレーザー彫刻機「セラクシー」を日本で初めて導入しました。
当時、世界でも10台ほどしかないこの機械を活用すれば、オンリーワンの技術を生み出せるはずだと考えました。最新設備にグラビア印刷で培った技術を融合させた、イシトクにしかできないモノづくりです。
常に前を見て、「あきらめない」を力に
職人芸を持つイシトクイズムが大事にしていることは何ですか?
あきらめないという姿勢です。何事も成功に至るのは簡単なことではありませんが、あきらめずにやり続けることが第一です。現場で動いていると先に頭の中で計算したり、結果を想像してできないと思ってしまいがちですが、まずはやってみること。「やってみよう!」と呼びかけています。
過去は振り返らず、常に前を見て、「あきらめない」を力にして、開拓精神を養いたいですね。そうしていろんなことをかなえていく会社でありたいし、我々の技術をもってお客様のモノづくりへのチャレンジをお手伝いしていきたいと思っています。
沿 革
1918 | 初代社⻑・⽯⽥留吉が⽇本で初めてグラビア枚葉印刷機(⽯⽥式)の製造販売、並びにグラビア印刷を開始。 |
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1955.7 | 初代社⻑・⽯⽥留吉が⽯⽥グラビヤ製版社として、東京、品川にて創業。 |
1961.5 | 企業規模拡張のため、資本⾦300万円、⽯⽥特殊グラビヤ興業株式会社と改称。(イシトク創業年) |
1963.5 | 資本⾦750万円に増資し、東京、品川⼯場より横浜市⼾塚区秋葉町の地に移転。 |
1967.6 | 印刷⼯場を建設。中島精機社製、1,350m/m⼱4⾊輪転印刷機を導⼊。 |
1967.10 | ⾯⻑1,850mm、シャフト全⻑2,500mm、重量600kgという、当時⽇本最⼤のシリンダーの製版に成功し、⼤型シリンダーの製版を開始。 |
1973.7 | 横浜市の道路河川計画により横浜印刷⼯業団地に移転。(現所在地) 1,700m/m⼱4⾊輪転印刷機を導⼊。 |
1973.10 | 2代⽬代表取締役社⻑に⽯⽥とし⼦が就任。 |
1977.7 | 資本⾦を倍額増資して、1,500万円の資本⾦とする。 |
1977.8 | シンク・ラボラトリー社製、1,500m/m⼱網点グラビヤ製版設備⼀式導⼊。 |
1981.6 | 3代⽬代表取締役社⻑に前⽥正博が就任。 |
1982.8 | ⼤⽇本スクリーン社製、建材⽤⼤型カメラ1,800×1,800導⼊。 カメラスタジオ新設。 |
1986.2 | ⼤⽇本スクリーン社製、SG818カラースキャナー導⼊。 電⼦彫刻機及びコンベンショナル製版⼯場増築。 ⻄独ドクター・ヘル社製、電⼦彫刻機ヘリオクリッシュグラフK-303導⼊。 |
1988.8 | ⽶国オハイオ社製、電⼦彫刻機B722-260導⼊。 |
1990.1 | 九州営業所開設。(福岡県⼤川市) |
1990.3 | ⻄独ドクター・ヘル社製、電⼦彫刻機ヘリオクリッシュグラフK-304導⼊。 ⼤⽇本スクリーン社製、画像処理システムシグマ6000導⼊。 |
2001.6 | 本社⼯場完成。 シンク・ラボラトリー社製、2,000m/m⼱全⾃動ブーメラン2連槽2機種導⼊。 シンク・ラボラトリー社製、2,000m/m⼱レーザー製版装置導⼊。 |
2002.5 | 北関東営業所開設。(埼⽟県草加市) |
2003.4 | 九州営業所閉鎖。 |
2003.7 | 本社⼯場増築⼯事完成。 |
2006.2 | ISO9001:2000を認証取得。 |
2008.11 | 建材⽤スキャナーMEGA MACH Ⅱ導⼊。 |
2009.9 | 建材印刷部⾨を中本パックス株式会社様に事業譲渡。 |
2010.2 | ISO9001:2008へ移⾏。 |
2012.6 | グラビア製版事業を株式会社イシトクに承継させる新設分割を⾏う。 資本⾦を倍額増資して、3,000万円の資本⾦とする。 |
2013.2 | 本社⼯場がグリーンプリンティング認定⼯場「グラビア印刷(軟包装)部⾨」に認定。(認証番号F-H30037) |
2013.5 | 太陽光パネルの導⼊。 |
2013.12 | シンク・ラボラトリー社製、New -FX導⼊でレーザー製版全⾃動化。 ⽇商グラビア社製、マルチ校正機(GRAVO-PROOF MULTI-813)導⼊。 |
2014.5 | 北関東営業所閉鎖。 |
2014.5 | 東京営業所開設。(東京都千代⽥区神⽥佐久間町) |
2014.6 | 4代⽬代表取締役社⻑に前⽥篤俊が就任。 |
2016.7 | エンボス⽤3DスキャナーDV・3D-SPECTRAL-SCANNER 導⼊。 |
2016.11 | 国内初となるヘリオグラフ社製、ダイレクトレーザーCellaxy(セラクシー)導⼊。 |
2018.2 | ISO9001:2015へ移⾏。 |
2019.3 | ヘリオグラフ社製、ダイレクトレーザーCellaxy(セラクシー)2号機導⼊。 |
2020.12 | ヘリオグラフ社製、スリムライン導⼊で彫刻全⾃動化。 |
2022.5 | 再⽣可能エネルギー100%の電⼒を導⼊。 電⼒消費に伴うCO2排出量はゼロとなり、CO2排出量削減効果は年間1,200トン。 |